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  • 2016/10/19 掲載

将棋三浦九段の不正疑惑、本当に残念なのは「日本将棋連盟」の対応だ

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「プロ棋士」対「将棋AI」の戦いで話題を集めてきた将棋界に、大事件が起こってしまった。強豪プロ棋士である三浦弘行九段(以下、三浦九段)が、対局中にスマートフォンを使って不正していたのではないか、という疑惑が浮上しているのだ。テレビのワイドショーでも取り上げられ、将棋ファンのみならず世間にも知れ渡ってしまった危機的事態はなぜ起こったのか。日本将棋連盟の三浦九段、将棋ファン、メディアへの対応を「組織のインシデント管理」という視点でとらえると、意外とこれは他人事ではない話である。
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日本将棋連盟の「インシデント管理」はなぜ残念なのか?

「プロ棋士」対「将棋AI」の悪夢は現実化してしまったのか?

 将棋界で最も権威あるタイトル戦「竜王戦七番勝負」を3日後に控えた10月12日、プロ棋士活動を運営する日本将棋連盟は、挑戦者の三浦九段が出場しないこと、さらに、三浦九段を年内いっぱい出場停止処分とすることを突如発表した。同連盟のWebサイト上にさりげなくアップされたこのニュースは、あっという間にWeb上で拡散された。

 将棋ソフトがプロ棋士に勝利し、その強さが証明された近年の将棋界において、両者の共存・共栄は大きなテーマである。事実、この三浦九段に関する発表があった1週間前の7日、同連盟はプロ棋士が電子機器を対局室に持ち込んだり、対局中に外出したりすることを禁止すると発表したばかりだった。そのため、このニュースを知った将棋ファンの間で「三浦九段が出場停止になる理由は将棋ソフトの不正使用に関連するものではないか」という憶測が広まった。

 不正疑惑に注目が集まるのは無理もない。三浦九段がなんらかの手段で将棋ソフトを使い、対局中に不正していたとしたら残念であり、将棋界の存続にも影響を及ぼす危機的事態である。

 しかし、もう一つ残念だったことがある。それは、公式発表を追加する度に憶測が憶測を呼んでしまい、ファンの不信感を募らせてしまった日本将棋連盟の対応だ。

処分の理由は「不正」ではない? 日本将棋連盟の不可思議な発表

 三浦九段休場のニュース発表から数時間後、日本将棋連盟が開いた記者会見で詳報がされたわけだが、これがまさしく将棋ソフトの不正使用に関連するものであった。16日現在までに同連盟が発表してきたことを整理・要約すると次のようになる。

・三浦九段の対局に、将棋ソフトの不正利用を疑われかねない動きがあった
・複数の棋士から、それを指摘する声があった
・日本将棋連盟理事らがヒアリングを実施した結果、三浦九段はそれを否認した
・三浦九段は、否認に加え、竜王戦への出場拒否および休場の意向を示した
・将棋連盟は三浦九段に、休場届の提出を求めた
・指定する期日までに提出がなかったため、出場停止処分を実施すると発表した

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 当初発表後、しばらくの間は、三浦九段から公式な発表もなく、もし本当に潔白であれば、スマホの通信ログなりなんなり提出して積極的にそれを証明するアクションをとるべきでは、動きがないのはやはり後ろめたいことがあるのではないか、という向きもあった。

 しかし、18日、突如三浦九段サイドから積極的な情報公開の動きがあった。文書とNHKによる単独インタビューにて、不正がなかったとの反論を行なったのである。特に、NHKによるインタビューでは「竜王戦辞退を申し出たとする連盟の主張は正しくない」との主張も含まれており、そもそも同連盟が出場停止処分とした根拠も揺らぐような内容となっている。

 これにより、事態は泥仕合の様相を呈し始めている。

 同連盟は当初「不正使用がなかったことについて納得できる説明がなかった」と発表していたが、三浦九段による公式な発表があった時点では、最終的には「ヒアリングは尽くした。不正使用はなかったと考えており、来年からの対局で疑念を晴らしてほしい」と姿勢を軟化させていた。それがあった後で、「不正使用はなかった」という主張が三浦九段から強くなされているという状況で、一体それは何が起きているのかという、本当によくわからない話となりつつある。

 一般的な企業組織では、社員の退職にあたって、自身から自主的に退職願を出すか出さないかというところで揉めることがあるが、ここまでの推移を見ると、竜王戦というビッグタイトルの直前で、そうした揉め事を引き起こした、ということがあっただけのこと、というふうに見えなくもない。

組織の「インシデント管理」という視点でこの騒動をとらえる

 一般的に、何か望ましくない事象が発生したときに、組織的にそれにいかに対応するかということは「インシデント管理」と呼ばれる領域である。今回の日本将棋連盟の対応はこの視点から見ると「残念」としか言いようがない。発表するたびに「余計な憶測」しか呼ばなかったからだ。

 日本将棋連盟のインシデント管理のどこが残念なのかといえば「だれが、何のために、なぜ一連の処置を実施しているのかという『基準』があいまいになっている」ということにつきる。

 例えば、もしあなたが乗っている通勤電車が急停車したとする。その場合に鉄道会社がとるインシデント対応手順を考えてみたい。以下の手順は、的確かつ適切だ。

1. 電車が緊急停車する
2. 乗客、よろめく
3. アナウンスの声がすぐさま聞こえる
4. 停車を指示する信号が検知されたので、停車したと伝えられる
5. あわせて、その信号が発信された原因は、現在確認中とのことが告げられる
6. しばらくして、原因が判明し、大きな問題がなかったことが告げられる
7. 発車再開予定時刻の見込みについて知らせる
8. 発車再開される

 もしこの対応フローが万全でなければ、余計な憶測が混乱を引き起こし、収拾がつかなくなる。電車が停車すると、乗客は「もしかして人身事故か」と身構えるものだし、「このまま車内で閉じ込められる状況が続いたらどうしよう」と不安を覚えるものだ。次の予定に影響を及ぼすことやその対処、影響範囲は大きい。もし誰かが「変電所火災の停電騒ぎに関連しているらしいぞ」「ドアの手動開閉ボタンで外に出ないと、火が迫って危険だぞ」といったデマを流してしまったら大騒ぎである。

 二次災害を生むのは、不安な心理と根拠のないうわさによるものだというのはよくいわれる話だ。だからこそ、危機に直面した組織のリーダーは、確実かつ必要な情報を、迅速に発表し続けることが重要である。三浦九段への不正ソフト利用疑惑に対するそもそもの初動にしても、そこから発生した休場絡みのトラブルの公式発表対応にしても、日本将棋連盟の運営に足りなかったのはこのような考え方ではないだろうか。

【次ページ】日本将棋連盟の失敗は決して他人事ではない
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