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「チキンラーメン」「カップヌードル」で知られる即席めん最大手の日清食品を中核とする日清食品グループ。「中期経営計画2020」では、2020年度までに売上6,000億円 、海外売上比率30%以上、時価総額1兆円を目標に掲げる。国内市場がシュリンクする中でも確実に成長を遂げ、海外展開を加速するために同社が重視したのがITである。そこでCIOというポジションを新たに設け、外資系企業のIT部門を渡り歩いてきた喜多羅 滋夫氏を招聘。喜多羅氏は持続的成長の基盤として、基幹業務システムの刷新に取り組み、異例とも言えるスピードでSAPの基盤構築を果たした。喜多羅氏に、日清食品グループの長期ビジョンやIT戦略について話を聞いた。
後編はこちら(この記事は前編です)
(聞き手:ビジネス+IT編集部 松尾慎司)
事業が伸びていても抱く強い危機感
──中期経営計画2020では「グローバルカンパニーの“評価獲得”」というテーマを掲げています。
喜多羅氏:「チキンラーメン」「カップヌードル」といえば、日本国内で知らない人はいないほどのロングセラーブランドで、日清食品を中心とした主力の即席めん事業は国内市場で成長を続けています。しかし、少子高齢化が進む中、市場環境や消費者ニーズの変化に対応するためには、今までとは異なるチャレンジをしていかなければなりません。
──具体的にはどのようなチャレンジが必要なのでしょうか。
喜多羅氏:私は今、51歳なのですが、我々の世代や1つ下の世代の人間は、チキンラーメンやカップヌードルに関する思い出やエピソードを持っていて、思い入れが強いと思います。ところが、たとえば私の息子は高校生なのですが、この世代が生まれ、育っている環境は、我々の頃と比べものにならないくらい食に関する「選択肢」が多い。コンビニに行けば、食べたいものが好きな時に買うことができるわけです。
我々のブランドや商品が最終消費者、特に若い世代の意識にのぼり、さらに商品を店頭で手にとってもらうためのハードルはどんどん高くなっています。そのためには、我々の世代と同じような「体験」を、テレビCMやSNSなどを駆使して今の若い世代にも作っていく必要があると考えています。これが1つ目のポイントです。
──国内市場は中長期的に縮小していきますが、新たな市場という意味ではどう考えますか?
喜多羅氏:事業のグローバル化に取り組み、新たな市場の開拓や需要のさらなる拡大を図っていく必要があります。これが2つ目のポイントです。しかし、即席めんの場合、世界中で日本と同じ商品を食べてもらうのがとても難しい。我々が海外進出する場合、現地のお客さまの食文化や食習慣を取り入れた商品を提供していかなければなりません。事業を継続的に拡大していくためには、やみくもに海外進出するのではなく、経営資源をどのように集中させるかという戦略が大事です。
──ラーメン自体は世界的なブームの真っ直中にあり、これは即席めん事業にも追い風のように思います。
喜多羅氏:確かに今までと違った流れ、いわゆるトレンドは起きていると思います。ただ、海外展開に限らず、我々が事業を推し進めるにあたっては、創業者である安藤百福の思いを常に意識しています。日清食品グループでは創業者精神として「食足世平(しょくそくせへい)」「食為聖職(しょくいせいしょく)」「美健賢食(びけんけんしょく)」「食創為世(しょくそういせい)」という4つを受け継いでいるのですが、その中で最も基本になるのが「食足世平」、つまり「食が足りてこそ世の中が平和になる」という考えです。
食のあり様が乱れると争いが起こる、食が満たされて初めて世の中が平和になるという考え方は、私個人として大変感じ入るところです。安価で安全な食を提供し、世界中の人々の腹を満たすことによって、いさかいをなくし、人々の暮らしに笑顔をもたらすという社会貢献的な使命感が会社のDNAとして根付いているのだと思います。
CIOとして太い串をしっかり通す
──喜多羅さんが日清食品グループに参画された経緯について教えてください。ずっとグローバル企業で活躍をされてきた中でなぜ日清食品グループだったのでしょうか。
喜多羅氏:1989年に新卒でプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)に入社し、その後、フィリップ モリスに転じて、外資系企業で約25年、システム部門一筋で務めてきました。
IT部門では珍しく、営業支援やマーケティングなどに携わった期間が長く、ITの活用によってより深く消費者とコミュニケーションをとったり、得意先の情報を整理して販売機会を創出するためのサポートに取り組んできました。
そうした自分のスキルを棚卸ししたときに、これからグローバル展開を推進していこうとする日本企業の中で、自分のキャリアを役立てられないかと考えていました。ちょうどそのタイミングで、縁あって日清食品グループがCIOのポストを新設するからとお声がけいただいた次第です。
──CIOとして、どんな役割が期待されているのですか。
喜多羅氏:日清食品グループがグローバル化を実現していくためには、基幹業務システムを刷新する必要がありました。
これまでは、部門間やブランド間で切磋琢磨し、それぞれの部門がベストを尽くすことで、安価で品質の高いものを少ない人数で作るというのが競争力の源泉でした。
そのため、グループ各社はそれぞれに基幹業務システムを構築していたのですが、今後グローバルで戦っていくためには、会社や部門を横断してグループ全体の経営状況を把握していくためのくシステム基盤が必要だったのです。
業界のリーディングカンパニーとして、マーケティングや生産、物流、営業といった会社のコアファンクションに関わる部門では、しっかりと人を育ててきました。しかし、サポート部門は必ずしもそうではなく、特にIT部門については、とにかく日々の運用をうまく回すことだけを役割として求められていました。
そのため、グローバルを視野に入れた新しいITのプロジェクトを立ち上げるといっても、そのための経験やスキル、肌感覚を持った人がいませんでした。そこで会社としてもCIOというポジションをつくり、太い串を一本通した基盤を構築しようということになったのです。
基幹システムのSAPへの移行をたった2年で完了できた理由
──刷新前の基幹系システムはどのようなものだったのですか。
喜多羅氏:長年わたり、業務の担当者から細かい改善要求に、個別改修や周辺システム追加で対応してきたため、システム全体が複雑化し、運用が非常に困難になっていました。
基幹システム刷新にあたり、当初は国産のERPパッケージを第一候補に導入の検討を進めました。ご存じの通り、国産ERPの多くは、いわゆるスケルトンの状態で、導入先企業の業務に必要な機能をアドオンで開発していくスタイルです。
これは、システム刷新により業務のやり方が変わることに抵抗が強く、「業務にシステムを合わせる」という考え方がベースにあるためです。日清食品グループでも、仕様を詰めれば詰めただけ追加の要件が出てきて、予算がどんどん膨らんでいくという状況に陥ったため、いったんプロジェクトを中断せざるを得ませんでした。
その後、グローバル展開が可能なIT基盤の構築を主軸に、SAPのERPパッケージを導入するという方向に大きく舵を切りました。私が入社したのは、ちょうどそのタイミングでした。
──グローバル化のためには、「業務をシステムに合わせる」発想が必要だったと。
喜多羅氏:業務標準化を進めていくためには、カスタマイズ前提の製品を選定するより、標準機能がしっかり作り込まれているパッケージの方が、メリットが高いと判断しました。
さらに、SAPはグローバルでの導入実績も多く、ユーザーやサポート会社が多いのもメリットでした。他社事例を参考にできる強みもあり、デファクトスタンダードに近いSAPを採用したことは、結果として間違っていなかったと考えています。
──方針転換のタイミングはいつ頃だったのですか?
喜多羅氏:2013年にSAP導入を決定し、第1期として2015年に即席めん事業と管理業務に関わる部分をSAPへ移行しましたので、プロジェクト期間は約2年でした。
その後、初期改修の対応などを行い、第2期として2016年10月に低温事業もSAPへと移行し、12月には既存のホストコンピュータを完全に停止させました。現在は、国内事業会社へのさらなる横展開や、BIなどの追加機能の連携に取り組んでいるところです。
──驚異的なスピードで展開されましたね。
喜多羅氏:基幹システムを2年で入れ替えることは、ITの世界だと相当速いと思われるのですが、弊社の経営陣や関係者からは、むしろ「何でそんなに時間がかかるの?」と言われていました。というのも、消費者ニーズや市場環境のめまぐるしい変化に対応するため、日清食品グループのビジネスはスピードが命だからです。
当然、ITの時間軸も、ビジネスが求めるスピードに合わせる必要があるのです。いわゆる従来のウォーターフォール型で、1年半、2年というタイムスパンで開発するようなスタイルは、社内で理解されにくくなってきています。
──業務をシステムに合わせるには現場からの抵抗も予想されますが、基幹システムの刷新プロジェクトがスムーズに進んだ理由はどこにあるとお考えですか。
喜多羅氏:一番大きかったのは、やはり安藤宏基CEOによるサポートです。「トップのコミットメント」というと教科書的な答えに聞こえますが、CEOからは「困ったことがあったら言いにこい。なんとかする」と何度も言ってもらいました。社内に向けても、ことあるごとにCEO自身からSAP導入の重要性をメッセージしてもらっており、トップのコミットメントがいかに重要かを改めて感じさせられました。
──刷新した基幹システムのインフラはAWSで構築したのですか?
喜多羅氏:今回はオンプレミスで構築しました。私が今回のプロジェクトで重視したのは、本筋以外の議論がプロジェクト全体の足を引っ張らないようにすることです。業務の流れが変わることで現場に混乱が生じることは明らかでしたから、そこにインフラの議論を持ち込んでも問題を複雑化させるだけだと考えたのです。
ですから、開発環境やQA(Quality Assurance:品質保証)環境は、可用性や柔軟性の高いAWSを利用していますが、課題やゴールをなるべくシンプルにするためにも、早い段階で本番環境はデータセンターにオンプレミスで構築することを決めました。
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