センサーネットワークと超高速データベースが生みだす「知」の創造
0
会員になると、いいね!でマイページに保存できます。
共有する
IoT(Internet of Things)、スマートシティ、Smarter Planet、あるいはクラウドコンピューティングなど、次世代IT社会を示すキーワードはいくつもあるが、サイバーフィジカルシステム(CPS)は、より実世界との関わりを意識し、サイバー空間のコンピューティング能力を組み合わせて、社会的な課題を解決しようとする試みのことだ。文部科学省の「情報爆発」プロジェクトや経済産業省の「情報大航海」プロジェクトで中心的な役割を果たし、2009年には日本人で初めてCodd賞を受賞した東京大学 生産技術研究所(東大生研) 喜連川 優教授にお話を伺った。
(聞き手、構成:編集部 松尾慎司、執筆:中尾真二)
センサーネットワーク+サイバー空間=サイバーフィジカルシステム
皆さんは、サイバーフィジカルシステム(Cyber Physical System:以下、CPS)という言葉をあまり聞いたことがないかもしれません。これは実世界(Physical System)に浸透した組み込みシステムなどが構成するセンサーネットワークなどの情報を、サイバー空間(Cyber System)の強力なコンピューティング能力と結びつけ、より効率のよい高度な社会を実現するためのサービスおよびシステムのことです。私は、センサーネットワークが生みだす膨大な観測データを処理するコンピューティングシステムを「情報融合炉」と呼んで、2010年から2013年の最先端研究開発支援プログラム(FIRST)のプロジェクトとして研究を進めています。
こうした動きは、2004年に我々が重要な研究課題として文部科学省のプロジェクトで取り上げた「情報爆発」という現象と密接に絡んでいます。米調査会社のIDCによれば、世界中に点在するデータは、この10年で6.2EB(エクサバイト:ペタバイトの1000倍)から988EBまでおよそ110倍に増えており、2020年までにはさらに35倍以上の35ZB(ゼッタバイト:EBの1000倍)にまで達するといわれています。
ただし、情報爆発とは、PCなどのIT機器からの情報量が増える現象のみを指す言葉ではありません。多様なデバイスや高度な組み込みシステム、制御システムが生みだすセンサーデータも含まれているのです。これらのデータは、従来、独立して存在し、他と連携したり保存されたりすることはあまりなかったデータです。近年、組み込み機器やセンサーのデータがネットワークを通じて集約されることで、結合の度合いが強まっています。これが爆発ともいうべき情報の増加を生んでいます。
検索エンジンで何でも情報が手に入ると思っているかもしれませんが、それだけでは検索の対象から外れた「Deep Web」や、さらにNon-Webの情報(サイバー空間に反映されていない実世界の情報)には到達できません。2008年に公表されたあるデータでは、Web上の検索対象の情報量が約0.3EBに対し、Deep Webの情報は15EBにのぼり、Non-Webの情報は485EBにも達します。つまりウェブ以外の情報が、人々がつぶやいたり、書き込んだりしている情報量を大きく上回っているのです。
情報から価値を創出する
このように情報が増え続けると、その中から価値を創出することの意義がますます重要になります。たとえば日本では国会図書館が知的基盤を整備するため、「知識インフラ」としてのCPSの整備が提言されています。図書館は、本や論文にアクセスできるようにするだけでなく、論文に書かれた実験のプロセスや、その文書をとりまくコンテキストの情報を含めた管理をも対象領域とすべく新たな挑戦をしようとしています。米国NSF(National Science Foundation:国立科学財団)も、さまざまなセクターが抱える課題を解決する基礎的研究の重点課題として2006年よりCPSを掲げ、本年はその研究に3,000万ドル(約24.6億円)の予算を充てて取り組んでいます。
あるいは、日本政府の情報大航海プロジェクト、Internet of Things、スマートグリットやスマートシティへの取り組み、IBMのSmarter Planetなども、視点やアプローチを変えたCPSの取り組みの一形態と捉えることができるでしょう。これらに共通する特徴は、従来はITに直接関係がないとされていた領域、たとえば都市開発や交通整備、医療福祉といった分野の情報をクラウドやネットワークでつなぎ、その膨大な情報から新しい価値やビジネスを生み出そうというものです。
【次ページ】「省エネ知」「航海知」「医療知」
関連タグ