• 2008/09/11 掲載

【連載】戦略フレームワークを理解する「イノベーションのジレンマⅠ」

立教大学経営学部教授 国際経営論 林倬史氏 + 林研究室

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「イノベーションのジレンマ」を理解しないと、あなたの会社も危ない。特に、順調な大手企業ほどジレンマに陥る可能性が高い。海外事業への収益依存度が高まる中で、この「イノベーションのジレンマ」の戦略的重要性を理解しないと、海外の新興企業に窮地に追いやられることになる。今回は2回に渡り、「イノベーションのジレンマ」を取りあげる。まずは、イノベーションのジレンマの概念について。
 「なぜ成功しているリーダー企業は、有能な人材、豊富な資金、高い技術力を備えながら、時代の大きな変化に対処することができずに、破壊的イノベーションを生み出す新興企業にその座を奪われてしまうのか」。ハーバード・ビジネス・スクール教授のC・クリステンセンは、この疑問を出発点として、優良企業が陥る「イノベーションのジレンマ」(原題は、Innovator’s Dilemma)という概念を明らかにした。この「イノベーションのジレンマ」の重要性を理解するためには、次の2つのイノベーションの違いを認識する必要がある。以下、クリステンセンの論点に沿ってみていこう。

「持続的イノベーション」と「破壊的イノベーション」

 クリステンセンは、ノベーションを「持続的イノベーション」と「破壊的イノベーション」の2種類に大別した。

「持続的イノベーション」

 「持続的イノベーション」とは、中核事業の主要顧客がすでに価値を認めている技術をベースに、既存の商品やサービスの機能・性能を持続的に向上させていくイノベーションを意味する。たとえば、コンパックが他社に先駆けて16ビット286チップの代替として、32ビット386マイクロプロセッサを採用したことが挙げられる。一般的に、その市場で優位性を築き、顧客を獲得しているリーダー企業が得意とするのがこの「持続的イノベーション」である。

「破壊的イノベーション」

 それに対して、「破壊的イノベーション」によって登場した、新しい種類の商品・サービスとは、図表1にも示されているように、性能的にも低く、機能的にも単純であり、そしてなにより極めて低価格である。そのため、既存の主要顧客は、これらの低レベルの機能や性能の製品やサービスには魅力を感じない。したがって、こうした新たな市場動向に対しても、既存の大手企業は、主要顧客向けにより高機能、高性能でしかも付加価値の高い既存製品・サービスの開発に力を注ぎ続ける。

 しかしながら、今までは、必要以上に高機能であり、しかも高価格であるため手を出さなかった人たちにとっては、新たに登場した低機能ではあっても新しい技術的特質を有する低価格製品は十分魅力を感じさせるものとなる。したがって、これらの製品・サービスの登場は、こうした層を掘り起こして新しい市場を創造し、これら新興企業は次第に自らの足場を築き始める。やがて、こうした製品・サービスを提供する企業は、それら製品に技術的改良を急速に促し、既存市場のニーズにも応えられるようになる。その結果、主要顧客の要求性能と「破壊的イノベーション」による製品の性能とが、(図表1に示されている2つの線の)クロス時点に到達すると急速に、「破壊的イノベーター」は既存市場を既存企業から奪ってしまうことになる。



※クリックで拡大
図表1 持続的・破壊的イノベーションのイメージ図
(出所:DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部(2000)、85頁


 この時点で、既存の大手企業は、今まで軽視してきたこれらの低価格・低機能製品提供企業が、実は「破壊的イノベーター」であったことにやっと気付く。たとえば、初期のパソコンも、メインフレームやミニコンピュータに対する破壊的イノベーションであった。かつてのソニーによるトランジスターラジオも、真空管ラジオメーカーに対する破壊的イノベーションだった。

なぜリーダー企業ほど、破壊的イノベーションに対応できないのか

「顧客志向のわな」

 多くの場合、リーダー企業は、現在の主要顧客を維持するために必要な技術に対して、積極的に投資を行い、それによって市場シェアの獲得に成功している。既存市場から高収益を享受しているリーダー企業ほど、既存の主要顧客の要望にこたえるべく、より高機能化、高性能化に向けて投資する。しかし、その一方で将来の顧客が望むと思われる新しい技術的特質を有する、破壊的技術に対する投資の機会を逸することになる。

 なぜだろうか。その最大の要因は、企業経営上の最も適正な経営志向とされる「顧客志向」にある。リーダー企業は多くの場合、主要な顧客の声を取り入れて自社の技術的改良を行い、持続的イノベーションを起こす。しかし、こうした活動は、既存技術の改善のための投資を促すと同時に、破壊的技術への投資を後回しにしてしまいがちとなる。その結果、突如として現れる新興企業の破壊的イノベーションによって、その足元をすくわれてしまう。クリステンセン自身が述べている「イノベーションのジレンマ」の最大の論旨がこの「顧客志向」である。

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