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  • 2017/07/24 掲載

日本の9割は「産業革命時代のスタイル」 コクヨ山下氏に聞く「人間中心」の働き方

ABWとは何か

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2017年から、7月24日を「テレワーク・デイ」と国が位置づけたことをご存じだろうか。近年になって急速に注目を集める「働き方改革」「ワークスタイル変革」だが、多くの企業では言葉だけが一人歩きして、実効的な施策になっていない。そうした中、1960年代から執務空間を一般に公開する「ライブオフィス」を始めるなど、次世代の働き方と働く環境について古くから研究している企業がコクヨだ。同社の研究機関「WORKSIGHT LAB.」で主幹研究員を務め、ワークスタイル戦略情報メディア「WORKSIGHT」の編集長でもある山下 正太郎氏に、学術的な視点からのオフィスの類型や、アクティビティ・ベースド・ワーキング(ABW)の海外事例など、新時代の「人に体験・経験を与える」ワークスタイルについて話を聞いた。
(聞き手/構成:編集部 中島正頼、執筆:中村仁美)

photo
コクヨ WORKSIGHT LAB.
主幹研究員 WORKSIGHT編集長
山下 正太郎氏


なぜコクヨは次世代の働き方を研究するのか

──山下さんは文具やオフィス家具で著名なコクヨの中で、「WORKSIGHT LAB.」に所属されていますよね。まずは、WORKSIGHT LAB.について教えていただけますでしょうか。

山下氏:WORKSIGHT LAB.は、次世代の働き方/学び方を追求し、さまざまな実践知とソリューションを提供するコクヨの研究機関です。設立は2012年ですが、コクヨグループではもともと1986年に「オフィス研究所」を創設していまして、その発展形にある組織ですね。

 ここで働き方やオフィス環境の研究をする一方で、ロンドンにあるロイヤル・カレッジ・オブ・アートという美術大学の研究機関ヘレン・ハムリン・センター・フォー・デザインでも客員研究員としてオフィス、働き方の研究に従事しています。

──なぜコクヨが、働き方を研究するのでしょうか。

山下氏:オフィス家具や文具を提供する側として、新たな発想やコンセプトを発信するためには、新しい働き方/学び方に対して感度が高くなければいけません。約50年前、1969年に「ライブオフィス」(実際にコクヨ社員が働いている現場が公開され、見学できる場所)を開始して以来、弊社の変わらない姿勢です。

──山下さんが編集長を務める情報メディア「WORKSIGHT」も、その一環ということですね。

山下氏:その通りです。WORKSIGHTにも、1988年に創刊した「エシーフォ(ECIFFO)」という、前身となる媒体がありました。

 当時の通商産業省(現・経済産業省)が、「ニューオフィス推進運動」という日本の働く環境を欧米並みにしようという運動を推進していまして、オフィスが一気に変わろうとしていました。しかし、参考にする情報は国内にはありません。そこで海外の先進的なオフィスを紹介するためにエシーフォを作ったのです。

 エシーフォはオフィスの中のデザインの話を中心に展開していましたが、その役割を終え、2009年に休刊。働き方を実現するためのツールとしてオフィスがあるという考えの下、WORKSIGHTを2011年に創刊しました。

日本のオフィスの9割は「産業革命時代」のスタイル

──時代とともに、オフィスのあり方も変遷してきたと思われます。大きくは、どういった流れになるのでしょうか?

山下氏:現在のオフィスの形が定着し、研究が本格的に始まったのは、産業革命以降なんです。私が師事するワークプレイス研究の第一人者であるジェレミー・マイヤーソンは、ワークプレイスを4つの世代に分けて解説しています。

 第一世代は、「テーラリスト・オフィス」。これはフレデリック・テーラーという経営学者が提唱した、工場の生産性を向上させるため情報やモノの流れに従って、レイアウトを決めたり人を配置するという科学的管理手法(テーラーシステム)を用いたオフィスです。

 典型的なのは、工程の順番にデスクが並んでいて、最後にその工程を管理するマネージャーのデスクがあるという形。コクヨの調査では日本のオフィスの9割がいまだにこのワークスタイルを採用しています。

──日本の9割が、産業革命期の工場と同じ考え方のオフィスということですか?

山下氏:類型的にはそうですね。オフィスの奥にマネージャーの机が置かれ、チームの全員を見渡せるような配置にあり、新人や役職のない人は横並びという会社がほとんどです。

──言われてみれば確かに、典型的なオフィスで想像するのは、そういう並びですね。

山下氏:第二世代は「ソーシャル・デモクラティック・オフィス」で、第二次大戦後にヨーロッパを中心にさまざまな会社で採用されました。1950年~60年ごろのヨーロッパは戦後の好景気で労働者が不足しており、給与以外に働く環境や待遇で人を魅了しようという動きが盛んでした。

 そこで、オフィスの中に公園を作るなどレイアウトで遊んだり、食事を出したりするなど、アメニティを充実させることで、雇用につなげようとしたのです。この形のオフィスは今でも人気があり、グーグルのキャンパス型オフィスなども、この形に近いオフィスです。

 第三世代は「ネットワークド・オフィス」で、2000年代に顕著になってきた形です。Skypeやグループウェアのチャット機能といったデジタルツールの登場によって、オフィスのデスクにいなくてもシームレスに人とつながることができるようになり、働く場所としてリアルなスペースの必要性が問われるようになってきました。代わりに、テレビ電話対応の会議室といったデジタルとアナログをつなげる場や、ホスピタリティスペースが充実したオフィスです。

ワーカーに豊かな「体験」「経験」を与える人間中心の環境

──テクノロジーの進化で、いつでもどこでも働けることを前提としたオフィスになったと。

山下氏:ただ、この形が進むことで、仕事とプライベートの境界が曖昧になり、ワークライフバランスが問題となってきました。その背景から生まれたのが第四の波で、マイヤーソンはまだ状況を見守っている段階ではありますが「ミックス・オフィス」と今のところ名付けています。仕事も生活の場も細分化され、どこの場でも働けるし、どんな場所でも家のような環境が得られるというもの。個人が仕事だと思えば仕事になる、真に「人間中心」の働く環境の世代です。

──すでに人間中心の、第四世代のオフィス環境を作っている企業はあるのでしょうか。

山下氏:米WeWorkがその代表例です。ソフトバンクが大金を出資したことで日本でも知られるようになった企業ですね。WeWorkは現在、米国をはじめ、カナダ、ヨーロッパ、中国など世界20か国でコワーキングスペース業を展開しており、さらに最近では共同住宅(コリビング)を提供する「WeLive」という事業も開始しました。

 同社が急速な発展を遂げているのは、独自のコミュニティを構築していることで、ここに参加することで経験をシェアできたり、共に成長できたりするからなんです。

 現在、欧米では、より豊かな「体験」「経験」を求めて都市部で働きたいという人が増えています。これからは、オフィスを考える際には箱の中だけを考えるのではなくて、ワーカーに豊かな経験を与えるために何をすればよいか、生活や仕事の垣根を越えてどういうサポートをするべきなのかを考えて行くことが重要になると思います。

──日本ではようやく近年になって、働き方改革という流れが来ています。

山下氏:その理由の第一は、日本型──つまりカイゼン型の働き方に限界が来て、制度も疲弊していること。これまで日本人は何か問題があっても現場で対応したり、つぎはぎで制度を作ったりして乗り越えてきましたが、いよいよ労働者人口が減少する時代に突入し、マンパワーだけでは対応しきれなくなってきました。抜本的に仕組みや制度を変えて手を打たないと立ちゆかなくなってきています。

 もう一つはワーカー側の労働観の変化や、これまで良しとされた生き方に対するアンチテーゼが出てきていること。今の若い人たちはお金や物欲よりも、より豊かな人生やより意義のある人生とはなんなのだ、というところに意識が向いている人たちが増えているんです。特に欧米ではこうした価値観の変化を背景に「アクティビティ・ベースド・ワーキング(ABW)」のムーブメントが一気に広がりました。

日本が参考にすべきABW先進国はオーストラリア

──ABWとはどういう働き方なのでしょうか。

山下氏:ABWは欧州では「ニュー・ウェイ・オブ・ワーキング」と呼ばれていたりもしていますが、ワーカーが時間と場所を選定できる働き方のことです。フリーアドレスとよく間違われますが、フリーアドレスはあくまでもオフィス内の場所を自由に選択する働き方のこと。一方ABWはオフィスも選択肢の1つで、家でも図書館でもどこでも、働き場所として選定できます。

 この働き方は1990年代ににオランダの保険会社インターポリス(現ラボバンク)で始まったと言われています。それがヨーロッパ全土に広がり、その後オーストラリアにも拡大していきました。

 メルボルンやシドニーなどの銀行をはじめとする成熟した大企業で、このABWが浸透しています。私がオーストラリアに注目するのは、日本の働き方改革のベンチマーク先として社会背景が合っていると思うからです。

オフィスのあり方はイノベーション型とリテンション型に分けられる

──ついアメリカや欧州の企業を参考にしがちですが、オーストラリアが日本に合っているとは面白いですね。先進企業のベンチマークはするとしても、企業はワークスタイル戦略をどのように考えていけばよいのでしょう。

山下氏:オフィスのあり方は大きく2つの方向があります。1つは新しい価値を生み出すイノベーションのためのオフィス。もう一つはABWに代表されるようにワーカーをリテンションするためのオフィスです。

 前者のイノベーション型で一番大事にしているのが「近接性」です。思い立ったらいつでもコミュニケーションできるようにするのが基本的な戦略です。代表例はフェイスブックの新本社オフィス。全長400メートルの壁のない1フロアに2000名近い社員がぐちゃぐちゃに混ざりながら働いています。住む場所も「近くに住め」とお達しをしています。つまり仕事もプライベートでもなるべく近くにいなさいというわけです。

 もう一方のリテンション型は、社内外の人たちが集まれるハブを都心に作っておくことが大事になります。極端に言えば人と人とが交われるソーシャルな機能だけを用意する企業もあります。この働き方を採用すると、社員全員の席を用意しなくてよいため、賃料が抑えられます安く済む。ワーカーも時間に縛られず、副業やNPOの活動、趣味に精を出したり、自分の生活を充実することができます。それがこの働き方のメリットですね。

──それぞれどんな企業に向いているのでしょう。

山下氏:企業は新しい未来を作る探索的な事業と、今のビジネスを発展させる事業と、両方をやっていかなければなりません。しかしこのバランスは、企業の成長フェーズによっても変わります。

 たとえば金融系企業の中には昨今のフィンテックの流れを受けて、イノベーション型オフィスの設置を進めるところが増えています。特にフィンテックが盛んな英国では、スタートアップを取り込むアクセラレータの施設を作ったりするなど、その動きが顕著ですね。

 一方、リテンション型は管理系などの間接部門、営業部門を持っている企業、コンサルティングや設計事務所など、「人」が主体となる業態だとどこでもマッチする働き方です。

 オフィスを考える上で大事なのは、ワーカーのどういう行動を重視するか、です。それを考えると、どういう場が必要なのかが自ずとわかってくるはずです。

【次ページ】 日本で働き方改革がなかなか成功しない理由。1つはハイコンテクストカルチャー(空気、文脈の世界)の問題

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